なにがあっても全部ネタだよね。

18歳女子が韓国に留学しながらいろんなものを観察してみる

死んで冷たくなったおじいちゃんの肩を泣きながら揉んだ話

私のおじいちゃんが一週間前、突然亡くなりました。

 

77歳だったのですが、100歳近くまで生きる長生きな人が多い私の家ではかなり早い方で、どうしてこんなに早く…と、みんなおじいちゃんの死をなかなか受け入れられませんでした。

 

私だってそうです。

 

 

私には十二歳下の弟がいます。現在6歳でそれはもうかわいくて、生まれたときはみんなでかわいいかわいいと抱っこの奪い合いになりました。でも、それまで私が一番かわいがられていたので、しかたはないのですが、少し寂しい気持ちはあったんです。

 

そういう私の気持ちを察してなのか、おじいちゃんは私に「もちろん賢人(一番下の弟)もかわいいけどな、おれには一番最初にできたおまえがいちばんかわいい」とある時ぼそっと言ってきました。

 

 

 

おじいちゃんは元々船で料理人をしていたそうです。それでいろんな国へいったことがあるとか、おじいちゃんの家にはおじいちゃんが海外で買ってきた珍しいものがたくさんありました。

 

引退後は畑で農家をやっていました。一番力を入れて育てていたのはスイカです。なぜならスイカが私の大好物だからです。

私がスイカをあまりにも好きなので育て始めたというのです。私はどれだけ愛されていたのでしょう…。

おじいちゃんは亡くなる前日にもスイカ畑に行って作業をしていたそうです。

 

本当に突然亡くなってしまったのですが、突然といっても元々心臓の病気を持っていて去年の2月に大手術をしたばかりでした。

 

だんだん調子がよくなってきて、体重も増えてきたのでまたスイカを作るぞ!というところでなくなってしまったのです。

 

 

私は現在韓国に留学中なのです。しかし偶然、学期が終わって休みだったので日本に帰ってきていたんです。もちろんおじいちゃんの家にも行く予定でした。

 

おじいちゃんがなくなったのは私がおじいちゃんの家に行く予定だった前日でした。私はその日、もう一つのおばあちゃんの家に泊まりに行っていたのですが、早朝に母から電話があり、突然おじいちゃんがなくなったことを知らされました。

 

全く信じられない。信じられなさ過ぎて最初は涙も出てきませんでした。でも、自分の家について、泣いている母の姿をみたら、ああこれは現実なんだと涙が止まらなくなりました。

 

 

急いで母と弟と荷物をまとめて栃木から新潟に向かいました。どうしても涙が止まらなくて自分を落ち着かせるために車の中ではずっと本を読んでいました。でも、新潟県に入り、見慣れた景色ばかりになってくるとまたどうしても涙が止まらなくなりました。

 

おじいちゃんちに着きたくない。死んだ姿なんてみたくない。そういってずっと泣いていました。

 

とうとうおじいちゃんにつきました。泣きつかれたような顔をした母のお姉さんが私たちを出迎えてくれて、おじいちゃんがいる部屋へ行くと、死んだおじいちゃんと、その横でおじいちゃんの手をずっと握っているおばあちゃんの姿がありました。

 

おばあちゃんはおじいちゃんに「起きて…目開けて…」と、ずっと話しかけていました。そんな姿を見て、おじいちゃんの横に行きました。

 

みんなもう泣く以外になにもできない。本当に優しくて温かい人だったのだとつくづく思いました。

 

でも私はもう涙が止まらなくて、つらくて家から飛び出しました。どうしていいかわからなくて外にでたけど、歩けば歩くほどおじいちゃんとの思い出の場所ばかり…

 

結局外にいた方がつらくて家の中に戻ってきました。

 

もう一度おじいちゃんのところに行って頬を触ってみました。とても冷たくて「ああ…もう本当に生きていないのだ」と、実感しました。

 

 

心臓の大きな手術をした後、おじいちゃんはかなり具合が悪そうでした。私はそんなおじいちゃんの肩を揉んであげることもしなかった。

 

おばあちゃんたちはおじいちゃんが私を一番かわいがっていることを知っていたから、私に「おじいちゃんの肩揉んであげて」と、よく言ってきたんですが、私は「めんどくさい~」とたまにしかやりませんでした。

 

でもおじいちゃんは「別に大丈夫だ。」と、少し寂しげに言っていたのを覚えています。

 

なんで肩を揉んであげるくらいしなかったんだろう。たまにしか会えないのにもっとたくさんお話すればよかった。

 

私の夢は世界中いろんなところに旅行したり住んだりすることです。おじいちゃんがいろんな国に行ったことがあるのに、私はおじいちゃんからその話をあまり聞いたことがなかったのです。もっともっと聞いておけばよかった。

 

もっともっと話せばよかった。でも、そんなこと今更言っても遅いんです。

 

もっと肩を揉んであげればよかった。私が肩を揉んであげるとおじいちゃんはすごく喜んだのにどうしてしてあげなかったのかと、私は死んだおじいちゃんの肩をひたすら揉み続けました。

 

冷たいし、私が肩を揉んであげるといつも「気持ちいいな~ありがとう。」と言ってくれたのにその言葉も聞けません。

 

ごめんね…ごめんね…私おじいちゃんのこと大好きなんだよ…

 

そういってひたすらずっと揉んでいました。

 

 

その時もきっとおじいちゃんは「気持ちいいよ。ありがとう。」そう言ってくれていたと思います。

 

でも私には聞こえません。もうおじいちゃんの肩は揉んであげられないし、おじいちゃんから海外に行った時の話も聞くことはできません。おじいちゃんのスイカももう食べることはできないし、おじいちゃんが私を連れて行きたいといっていたクラゲ水族館にも連れて行ってもらえないんです。

 

 

ありふれた言葉だけど、恩返しはその人が生きてるうちではないとできません。そして、人は本当にいつ死ぬかなんてわからないんです。

 

私だって病気だったとはいえ畑仕事をしていた元気なおじいちゃんがこんなに早く死んでしまうなんて思ってもいなかった。

 

 

おじいちゃんがこんなに早くなくなってしまうと知っていたなら、話したいこと、してあげたいことがたくさんありました。

 

 

いつ死んでしまうかわからないのは自分だって同じです。だからこそ悔いのないように人生は生きなければならない。

 

 

どうしてこんなに早く死んでしまったんだとつらくてしかたなかったけど、おじいちゃんは最後に、人生で一番大切なことを私に教えてくれました。

 

 

大切な人は、今、この瞬間から大切にしなくてはならない。

 

あたりまえだけどとても大切なこと、私はそれを、身をもって知ったのです。